No.1887
昨夜は中泊町で3年間
町おこし協力隊で活躍してくれた
(横浜から協力隊で中泊町に来て
宮越家を世に広めるための活動に
一番時間を費やした)
20代の女性の送別会をやろうと
それなのに
言い出しっぺの自分が
出席できないことに😭
37年間
カイロプラクテイックと
オステオパシーを学び
人間関係が良くなる
させている理士として
心と身体のバランスをとることで
健康にフォーカスしている
50代になったら2週間に1回の
身体への投資で施設や病院の
お世話になるのを1日でも遅くする
コロナの後遺症で
本調子に戻らない2000人以上が
バイオエナジェティックの
治療で改善をめざしている!
行けなくなった理由は
37.7度の微熱があったから
夕方ちょいと身体の調子が
おかしいかもと体温を測った
参加者に
迷惑をかけてもいけないので
主催者なのに
ドタキャンすることにした
行かないと決めたら
やるべきことは
早く寝ること
布団をかぶって
いっぱい汗をかくこと
リンパ・パンピングを行う
着替えを用意する
この考え方は
私が勉強している
オステオパシーのトム先生から習った
100年前に
スペイン風邪(インフルエンザ)が
世界で流行した時に
多くの
子供たちが死んでいったのだが
オステオパシーの治療を受けた
子供たちは死ぬことはなかった
体内にウィルスが入ってくると
リンパ球がウィルスを包み込んで
活動を抑えるのだが
その時に端っこの部分が切れる
パイロジエンというのだが
それを体内を揺らすことで
拡散して体熱が一気に上がる
一晩は地獄だが
次の日は天国に
そんな教えを
聞いていたので実践した
夜中に汗をいっぱいかいて
タオルでふいて
下着を取り換える
そのおかげで
朝には平熱に戻っていた
後はコロナの検査を行って
陰性であれば仕事はOK
なのだが
皆さんで楽しんでいる写真が続々と!
みんなは楽しそうなのだが
私は布団のなか😭
楽しみにしていただけに残念だが
ダメなものはダメ
と決断できたので良しとする
それにしても20代で
横浜から我が地吹雪の中泊町に来て
いただいてありがとうございました
地元の私たちにとっては
あたりまえのことが
あたりまえでなく
外から来ていろんなところに
光を当ててくれた
中泊町での3年間で
将来
何をしたいのかが見えてきたはず
これからも
興味あることにチャレンジして
光り輝き続けて下さいね!
Profile
1958年青森県生まれ。治療家の母の背中を見て、自らも治療家の道を志す。
名古屋の著名治療院で修業を積み、青森に帰郷。有限会社カイロプラクティック小野の設立。
日本カイロプラクティック師協会の初代会長として、後に顧問へ。
治療歴37年、患者数約16万人。
シカゴのナショナルカイロプラクティック大学、大連医科大での学び。1997年、世界カイロプラクティック大会in東京での研究発表、大絶賛を受ける。
治療法は、解剖学的治療、バイオエネジェティック、選択理論心理学の融合。患者の心と体へのアプローチに重点。30年通院したおばあちゃんの要望に応え、青森市に治療院開設への決意。
治療を通じて、患者とその家族の幸せの増進を目指す。