No.1720
春の甲子園で青森山田がサヨナラ勝ち
八戸の光星学院も勝っているので
青森勢が2校とも1回戦突破
昔は雪国のハンディ😭
と叫ばれて敗退していたが
もはや関係なくなった
練習の環境や意識が変わったからだと思う
以前中学校の
テニスの外部コーチをしていた時の
部活の先生が治療にきてくれた
この度
8年間お世話になった職場が
変わることになったと挨拶してくれた
先生には
東北の合宿や試合でとてもお世話になった
そして
忙しい思いをさせた
土日関係なく練習して遠征に明け暮れた
おかげで成績は良かったが
徐々に時代の流れに添わなくなっていった
すべての部活が強制的に休みの時も
テニス部だけが練習していた
周囲からは
なんでテニス部だけ特別なの
と思われ先生にも迷惑をかけた
そんな先生もテニス部のない学校に転校する
これからは
ゆっくりできるかもね
これまでも治療にきてくれていた先生だが
動けなくなる1っ歩手前で来るのが
大得意
2週間に1回
治療に来てくれたら痛いところはなくなるのだが
もはやダメ
となって
ようやくスイッチが入って治療にきてくれる
仕事の量が半端なくて
自分の身体の手入れよりも
仕事の方の優先順位が高い
せっかくの治療の機会なので
治療は丁寧に行った
人の身体には
必ずウィークポイントがあるので
そのポイントが
どのレベルで壊れているのかを確認して
治療を組み立てていく
あまり我慢していると
ウィークポイントを
かばっているところがおかしくなる
今回は首のつけねである
肩甲骨の間も痛いという
立つ時に下半身に力が入らないと
左の腕で支えて立とうとする
しかし
腕は体重を支えるようにはできていない
長期間負担がかかると
首の付け根
そして肩の土台でもある関節が悲鳴をあげてくる
関節(肋横突関節)の
すぐそばを肋間神経が通っているので
関節がこじれると
激痛を感じるようになる
そうならないように
関節を圧着してテーピングしたが
性格上
これからも
壊れてからくるんだろうなと思いつつ帰ってもらった
自分が教えた子供は高校を卒業し
お世話になった先生は転校となった
ソフトテニスの話をする身近な人は
誰もいなくなった感じですね
それはそれで意味がある
今まで以上に仕事に没頭するのみですね
コーチ時代のエネルギーを
患者さんに100%向けていく
Profile
1958年青森県生まれ。治療家の母の背中を見て、自らも治療家の道を志す。
名古屋の著名治療院で修業を積み、青森に帰郷。有限会社カイロプラクティック小野の設立。
日本カイロプラクティック師協会の初代会長として、後に顧問へ。
治療歴37年、患者数約16万人。
シカゴのナショナルカイロプラクティック大学、大連医科大での学び。1997年、世界カイロプラクティック大会in東京での研究発表、大絶賛を受ける。
治療法は、解剖学的治療、バイオエネジェティック、選択理論心理学の融合。患者の心と体へのアプローチに重点。30年通院したおばあちゃんの要望に応え、青森市に治療院開設への決意。
治療を通じて、患者とその家族の幸せの増進を目指す。